みなさんは「24時間営業」という言葉にどのようなイメージをお持ちでしょうか。深夜でも煌々と明かりが灯り、いつでも必要なものが手に入り、食事ができる。それはかつて、私たちの生活に豊かさと限りない利便性をもたらしてくれる象徴でした。しかし、その輝きは時代とともに変化し、今、私たちはそのあり方について改めて考える時期を迎えています。本記事では、専門家の視点から、24時間営業が日本社会で果たしてきた役割、そして現在直面している課題と今後の展望について、具体的な事例を交えながら深く掘り下げていきます。
時代の寵児だった24時間営業:経済成長と「いつでも」の価値
1980年代:豊かさと「24時間戦えますか」の時代
1980年代後半、日本はバブル経済の絶頂期にありました。空前の好景気に沸き、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と称賛される一方で、企業戦士たちは猛烈な働き方をしていました。その時代を象徴する言葉として、1989年に栄養ドリンクのCMで使われた「24時間戦えますか」というフレーズが大流行しました。この言葉は、長時間労働を厭わず、ビジネスの最前線で戦い続けることが美徳とされた当時の社会風潮を色濃く反映しています。
この時代、人々の生活リズムも変化し、消費活動は時間帯を問わず活発化しました。深夜残業や早朝勤務、多様化するライフスタイルに応える形で、コンビニエンスストアやファミリーレストランが次々と24時間営業を導入し、急速に店舗網を拡大していきました。
- コンビニエンスストアの台頭: セブン-イレブン・ジャパンは、1975年には既に福島県郡山市の店舗で実験的に24時間営業を開始しており、80年代には多くの店舗で24時間営業が当たり前となっていきました。いつでも開いている安心感と、食品から日用品まで揃う利便性が、消費者に強く支持されました。
- ファミリーレストランの深夜利用: すかいらーく(現:すかいらーくホールディングス)などのファミリーレストランも、若者たちの深夜の語らいの場や、仕事帰りの食事場所として24時間営業を拡大しました。「いつでも、誰とでも」利用できる手軽さが受け入れられ、深夜帯の新たな需要を掘り起こしました。
この時代の24時間営業は、まさに経済成長と豊かさの象徴であり、「いつでも開いている」ことがサービスの質の高さを示す指標の一つと考えられていたのです。
人口減少社会と消費時間:経済維持のための戦略
しかし、華やかなバブル経済は長くは続かず、1990年代初頭に崩壊します。同時に、日本の社会構造にも大きな変化の兆しが現れていました。出生率の低下、いわゆる「少子化」が顕在化し始めたのです。これは将来的な人口減少、そしてそれに伴う国内市場の縮小を示唆していました。
経済が停滞し、将来的な人口減少が見込まれる中で、企業が成長を維持するための一つの戦略として注目されたのが、「消費時間の拡大」でした。つまり、消費者一人ひとりが消費活動を行う時間を延ばすことで、全体の消費額を維持・拡大しようという考え方です。
この文脈において、24時間営業は非常に有効な手段と捉えられました。深夜や早朝といった、従来は消費活動が低調だった時間帯にも店舗を開け、営業時間を最大限に延ばすことで、限られた人口の中でも消費の機会を増やそうとしたのです。政府も規制緩和などを通じて、こうした企業の動きを後押しする側面がありました。
- 深夜営業の一般化: コンビニやファミレスだけでなく、スーパーマーケットやドラッグストア、フィットネスジム、カラオケボックスなど、様々な業態で24時間営業や深夜営業が広がっていきました。
- ライフスタイルの多様化への対応: 交代勤務や夜勤、フレックスタイム制など、働き方の多様化も深夜帯の需要を支える要因となりました。
このように、バブル崩壊後の経済環境と人口構造の変化という背景の中で、24時間営業は単なる利便性の提供に留まらず、日本経済を支えるための一つの戦略として、その存在意義を強めていったのです。

転換期を迎えた24時間営業:コロナ禍と社会の変化
長らく私たちの生活に浸透してきた24時間営業ですが、2020年初頭からの新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは、その常識を根底から揺るがす大きな転機となりました。
コロナ禍がもたらした変化:生活リズムと消費行動の変容
感染拡大防止のため、政府や自治体から飲食店などに対して営業時間の短縮要請が繰り返し出されました。多くの店舗が深夜営業を自粛せざるを得なくなり、物理的に「いつでも開いている」状態を維持することが困難になりました。
それと同時に、私たちの働き方や生活様式も大きく変化しました。
- テレワークの普及: オフィスへの通勤が減り、自宅で過ごす時間が増加しました。これにより、深夜に外出する必要性が低下し、都心部の深夜帯の人流は大幅に減少しました。
- 生活リズムの変化: 在宅時間の増加は、人々の生活リズムにも影響を与えました。早寝早起きを心がける人が増えたり、自宅での食事や娯楽を楽しむ傾向が強まったりしました。
- オンラインサービスの浸透: 外出が制限される中で、ネットスーパーやフードデリバリー、オンラインショッピングなどの利用が急速に拡大しました。これにより、深夜に実店舗へ足を運ばなくても、必要なものやサービスを手に入れられる環境が整いました。
これらの変化は複合的に作用し、これまで24時間営業を支えてきた深夜帯の需要を大きく減少させる結果となりました。街から明かりが消え、静かになった夜を経験した人も多いのではないでしょうか。
経済合理性の限界:採算性の悪化と人手不足
コロナ禍以前から、24時間営業を維持することの経済的な負担は、企業にとって大きな課題となりつつありました。
- コスト負担の増大: 深夜帯は客数が少ないにも関わらず、従業員の人件費(深夜割増賃金)、光熱費、防犯対策費などのコストがかさみます。特に最低賃金の上昇は、人件費負担をさらに重くしていました。
- 深刻化する人手不足: 少子高齢化に伴う労働力人口の減少は、特に労働条件が厳しいとされる深夜帯の従業員確保を困難にしていました。十分な人員を配置できず、オーナーや店長が長時間労働を強いられるケースも問題視されていました。
コロナ禍による深夜需要の急減は、こうした構造的な問題に追い打ちをかけました。深夜営業を続けても売上がコストに見合わず、赤字になってしまう店舗が増加したのです。
この状況を受け、多くの企業が営業時間の見直しに踏み切りました。
- ファミリーレストラン: すかいらーくホールディングスは、コロナ禍以前の2019年末から「ガスト」などの24時間営業を原則廃止する方針を打ち出していましたが、コロナ禍を経てその動きを加速させ、現在ではごく一部の店舗を除き、深夜営業を行っていません。ロイヤルホストなども同様に、24時間営業を取りやめる動きが広がりました。
- コンビニエンスストア: かつて24時間営業の象徴であったコンビニ業界でも、変化が見られます。2019年に東大阪市のセブン-イレブン加盟店オーナーが本部の反対を押し切って時短営業に踏み切った問題は、社会的な注目を集めました。これを契機に、セブン-イレブン・ジャパンやファミリーマート、ローソンなどの大手チェーンは、加盟店の意向を踏まえた時短営業の実験や導入を進めるようになりました。全ての店舗ではありませんが、「24時間営業ではないコンビニ」も珍しくなくなっています。
- 牛丼チェーンなど: 吉野家や松屋、すき家といった牛丼チェーンでも、一部店舗で深夜営業を取りやめたり、深夜時間帯はテイクアウトのみに限定したりする動きが見られます。
これらの事例は、単なる一時的な対応ではなく、24時間営業というビジネスモデル自体の持続可能性が問われていることを示唆しています。経済合理性の観点からも、従来の「いつでも開いている」ことを前提とした戦略が限界に来ているのです。

働き方と暮らしの再考:限られた時間をどう生きるか
24時間営業の見直しが進む背景には、経済的な理由だけでなく、私たちの働き方や暮らしに対する価値観の変化も大きく影響しています。
「いつでも」から「必要な時に」へ:価値観の変化
バブル期の「24時間戦えますか」に象徴されるような、身を粉にして働くことを是とする価値観は、徐々に変化してきました。ワークライフバランスという言葉が浸透し、仕事だけでなく、プライベートな時間や家族との時間、自己成長のための時間を大切にしたいと考える人が増えています。
- 長時間労働への問題意識: 過労死やメンタルヘルスの問題が社会的に広く認識されるようになり、企業に対しても従業員の健康と安全に配慮した、持続可能な働き方を実現することが求められています。深夜労働は、従業員の心身への負担が大きい働き方の一つであり、その必要性自体が問われるようになっています。
- 従業員エンゲージメントの重視: 従業員が意欲を持って働ける環境を整えることが、企業の競争力向上につながるという認識も広がっています。無理な深夜営業を続けることが、従業員のモチベーション低下や離職を招くリスクも考慮されるようになりました。
かつては「いつでも利用できる」ことが最大の価値でしたが、現在では「必要な時に、適切なサービスが提供される」こと、そしてそれが「働く人にとっても無理のない形で実現されている」ことが、より重視されるようになっていると言えるでしょう。
消費者としての意識改革:便利さだけではない選択基準
私たち消費者側の意識も変化しています。単に安くて便利なだけでなく、その商品やサービスがどのような背景で作られ、提供されているのかに関心を持つ人が増えています。
- 企業の労働環境への関心: ブラック企業問題などを通じて、企業の従業員に対する姿勢が、消費者の選択に影響を与えるようになりました。過酷な労働環境の上で成り立っているサービスであれば、利用を控えようと考える人もいます。24時間営業を維持するために、従業員に過度な負担がかかっていないか、という視点を持つ消費者が増えているのです。
- エシカル消費(倫理的な消費): 環境問題や社会問題に配慮した商品やサービスを選ぶ「エシカル消費」の考え方も広がりつつあります。深夜営業によるエネルギー消費や、売れ残りによる食品ロスといった問題も、24時間営業のあり方を考える上で無視できない要素となっています。
- 地域社会との共存: 深夜の騒音や治安の問題など、24時間営業が地域社会に与える影響も考慮されるべき点です。地域の実情に合わせて営業時間を調整するなど、地域住民との良好な関係を築くことの重要性も増しています。
私たち自身が、単なる利便性の追求だけでなく、社会全体の持続可能性や、働く人々の環境といった、より広い視野で物事を捉え、日々の消費行動を選択していくことが求められているのです。

持続可能な社会とこれからの「時間」:24時間営業の未来
では、24時間営業は今後どうなっていくのでしょうか。完全に消滅するわけではなく、社会の変化や技術の進歩を取り入れながら、新たな形を模索していくと考えられます。
多様化するニーズへの対応:深夜営業の新たな形
深夜帯の需要が完全になくなったわけではありません。依然として、夜勤従事者や緊急性の高いニーズは存在します。重要なのは、全ての店舗が一律に24時間営業を目指すのではなく、多様化するニーズに対して、より効率的で持続可能な方法で応えていくことです。
- テクノロジーの活用:
- 無人・省人化店舗: スマートフォンアプリやセンサー技術を活用した無人決済店舗や、セルフレジを主体とした省人化店舗は、深夜帯の人手不足解消とコスト削減の有効な手段となり得ます。すでに一部のコンビニやスーパーで実証実験や導入が進んでいます。
- デリバリー・ECとの連携: 実店舗の営業時間を短縮する代わりに、深夜帯はデリバリーサービスやオンラインストアを通じて商品を提供するなど、デジタル技術との連携を強化することで、顧客の利便性を維持する方法も考えられます。
- 柔軟な営業時間設定:
- 曜日・時間帯限定営業: 需要の高い週末や特定の時間帯に限定して深夜営業を行うなど、より柔軟な営業時間設定が広がる可能性があります。
- 地域特性への配慮: 都心部と郊外、住宅地と繁華街など、立地条件や地域の特性に応じて営業時間を最適化していく動きが加速するでしょう。
利便性と持続可能性のバランス
これからの社会では、「利便性」と「持続可能性」のバランスをどのように取るかが、あらゆる分野で重要なテーマとなります。24時間営業についても同様です。
- 環境負荷の低減: 深夜営業に伴うエネルギー消費は、地球温暖化対策の観点からも無視できません。LED照明の導入や省エネ設備の活用はもちろん、必要性の低い深夜営業そのものを見直すことも、環境負荷低減につながります。
- 食品ロス削減: 深夜帯の需要予測は難しく、食品ロスが発生しやすいという課題があります。営業時間の見直しや、AIを活用した需要予測精度の向上、フードバンクとの連携強化など、食品ロス削減に向けた取り組みが一層重要になります。
- 働きがいのある環境: 従業員が健康で、意欲を持って働ける環境を整備することは、企業の持続的な成長に不可欠です。無理のないシフト体制や、適切な休息時間の確保、ハラスメントのない職場づくりなど、労働環境の改善が求められます。
まとめ:私たち一人ひとりが考えるべきこと
「24時間営業」という言葉が象徴してきた、限りない利便性と経済成長を追求する時代は、大きな転換点を迎えています。コロナ禍はその変化を加速させ、私たちに働き方、暮らし方、そして社会のあり方そのものを見つめ直す機会を与えました。
深夜に煌々と輝く明かりは、確かに便利で安心感を与えてくれるものでした。しかし、その光を灯し続けるために、誰かが無理をしていたり、地球環境に負荷がかかっていたりする可能性について、私たちはもっと意識を向ける必要があるのかもしれません。
これからは、単に「いつでも開いている」という利便性だけを追い求めるのではなく、働く人の健康や幸福、地域社会との調和、そして地球環境への配慮といった、より多角的な視点から、サービスやビジネスのあり方を評価していくことが重要になります。
企業は、テクノロジーの活用や創意工夫によって、持続可能な形で顧客ニーズに応える方法を模索していく必要があります。そして私たち消費者も、自らの選択が社会に与える影響を考え、時には少しの不便さを受け入れることも、持続可能な未来を築くためには必要なのかもしれません。
24時間営業の変遷は、日本社会がこれからどのような価値観を大切にし、どのような未来を目指していくのかを映し出す鏡と言えるでしょう。私たち一人ひとりが、限られた「時間」という資源をどう使い、どのような社会を次世代に手渡していくのか、深く考えていくべき時が来ているのです。

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