犯罪行為の原因としての学習性無力感：ある事件を事例に

近年、虐待や過度な教育による精神的な圧迫が、重大な犯罪行為の背景にあることが指摘されています。特に、学習性無力感という心理状態は、被害者が自らの状況を打開する能力を失い、絶望的な状況から抜け出すために極端な行動に走る原因となりえます。この記事では、学習性無力感の概念を解説し、ある事件を事例として、それが犯罪行為にどのように繋がるのかを考察します。

学習性無力感とは

学習性無力感は、アメリカの心理学者マーティン・セリグマンによって提唱された概念です。これは、反復される嫌な出来事から逃れることができない経験を通じて、「自分は何をしても無駄だ」という無力感を学習してしまう状態を指します。

学習性無力感のメカニズム

セリグマンは犬を使った実験で、学習性無力感を明らかにしました。犬を箱に入れ、電気ショックを与えます。最初は逃げられるようにしましたが、次に逃げられないようにしました。すると、犬は電気ショックを受けても逃げることを諦め、ただ耐えるようになりました。その後、逃げられる状況に戻しても、犬は逃げようとしませんでした。これが学習性無力感です。

人間の場合、慢性的な虐待、過度なプレッシャー、無視、差別などが、学習性無力感を植え付ける可能性があります。学習性無力感を抱えた人は、以下の特徴を示すことがあります。

無気力・抑うつ: 何事にも意欲が湧かず、気分が沈みがちになる。
自己肯定感の低下: 自分には価値がないと感じる。
問題解決能力の低下: 困難な状況に直面しても、解決策を見つけることを諦めてしまう。
受動的な行動: 自ら行動を起こすことを避け、周囲の状況に流される。

事例：母という呪縛、娘という牢獄

記事冒頭で紹介された事件は、まさに学習性無力感が悲劇的な結末を迎えた事例と言えるでしょう。国立大学の医学部を目指す娘・あかりに対する母親・妙子の過剰な期待と教育虐待は、あかりの心を深く蝕んでいきました。

事件の背景

教育虐待: 母親は娘に国立大学医学部への進学を強要し、成績が悪ければ激しく叱責しました。娘の友人への相談では、母親から包丁で切られた傷跡があったことが語られています。
親の支配: 娘の進路や交友関係を厳しく管理し、娘の意思を尊重しませんでした。家出を繰り返す娘を探偵を使って連れ戻すなど、異常な執着を見せています。
学習性無力感の形成: 娘は努力しても母親の期待に応えられないという無力感を抱き、自らの人生をコントロールできないと感じるようになりました。

事件に至るまでの経緯

成績の改竄、三度にわたる家出、鉄パイプでの虐待、大学受験の失敗、深夜の土下座強要。これらの出来事は、あかりの心を徐々に追い詰めていきました。助産師学校の選抜試験に落ちたことで、母親からの抑圧が再燃。看護師としての内定を蹴り、再び助産師学校の受験を強要されるという絶望的な状況に陥ります。

犯罪行為

追い詰められたあかりは、スマートフォンを破壊されたこと、深夜に土下座を強要されたことをきっかけに、「モンスターを倒した」とSNSに投稿。母親を殺害し、遺体を遺棄するという痛ましい事件を引き起こしてしまいます。

裁判における証言

あかりは裁判で、「弁護士さんに教えてもらって初めて、私は虐待を受けていたんだ」「私が置かれていた状況は、助けを求めて良かったのだと気づきました」と語っています。この言葉は、事件当時、あかりが自らの置かれた状況を客観的に認識できず、助けを求めることさえ思いつかないほど追い詰められていたことを示唆しています。